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【新春特別寄稿】季刊誌4号
【尖閣の日】について

石垣市長 中 山 義 隆

 一月十四日は、日本政府が国際法の原則に従い、明治二十八年「尖閣諸島」を我が国の領土として編入することを閣議決定した日である。
 尖閣諸島は、石垣島から北西百四十九キロメートルに位置し、魚釣島、久場島、大正島、南小島、北小島等からなる島嶼群島である。
日本政府が閣議決定した、明治二十八年には、日本政府の許可のもと(故)古賀辰四郎氏が羽毛の採取、鰹節の製造、サンゴの採集などの事業を展開しており、紛れもなく尖閣諸島は日本固有の領土としての歴史的な事実がある。
尖閣諸島には、貴重な動植物が生息しており、尖閣の各島々及び周辺海域の自然環境に関して、国、県及び大学の研究機関が様々な調査を実施してきた。これまでの調査によると、尖閣諸島の陸上及び海域は、我が国のみならず、世界的にも貴重で豊かな生態系が形成されていると考えられている。しかしながら、近年、魚釣島では人為的に持ち込まれたヤギの繁殖が進み、貴重な動植物への影響が懸念されているところである。
 このような中、平成二十二年十二月に石垣市議会において、「尖閣諸島開拓の日を定める条例」が議決、施行された。
 同条例では、「尖閣諸島が歴史的にも日本固有の領土として、より明確に国際社会に対して意思表示し、国民世論を啓発する」ことを趣旨とすると共に、行政は、同趣旨に則り必要な施策を講ずるよう努めるものとしている。
 石垣市は、毎年一月十四日に、政党代表の皆様をはじめ、来賓、各界各層から市民多数のご臨席を賜り盛大に「尖閣諸島開拓の日」式典を挙行し、尖閣諸島が日本固有の領土であるとともに、石垣市の行政区域であることを国内外に発信している。
 更には、海洋基本法に基づき策定した、石垣市海洋基本計画の主な施策として、「島々及び周辺海域の自然環境の保全」、「漁業資源の管理」、「尖閣資料館建設」を掲げ、取り組んでいるところである。
 また、尖閣諸島における歴史の中で決して忘れてはならないことがある。
太平洋戦争末期、台湾へ疎開するため石垣を出発した石垣町民、およそ百八十名を乗せた疎開船が米軍機の銃撃を受け、二隻のうち一隻は炎上沈没、もう一隻は難破し、魚釣島へ漂着。救助を待つ間に怪我や病気、飢餓で約六十名の方が亡くなるという痛ましい事件である。
私は、このような惨事を二度と繰り返さないよう、日本最南端の国境都市、国際観光拠点都市として安全・安心なまちづくりを進めてまいる所存である。
 また、尖閣諸島周辺海域で、中国公船の領海侵入等が頻繁にある中、海上保安庁による巡視船の増強等、海の安全が更に強化されることは、漁業従事者はもとより石垣市民の安心につながるものであり、領土・領海の重要性を改めて認識しているところである。
 国においては、尖閣諸島に係る世論調査を実施している。同世論調査では、9割が尖閣について知っていると回答しているが、知っていると回答した理由の中では、「尖閣諸島への領海侵入」という内容であった。
 「尖閣諸島開拓の日」を条例として定めて五年が経過する中、多くの国民に石垣市の行政区域である「尖閣諸島」の存在を知って頂く機会ができたことは、行政を預かる者として力強く思うところであるが、尖閣諸島が本市の行政区域として適切に管理され、貴重な自然が残る場として多くの国民に認知されることを望むものである。
 私は、「尖閣諸島開拓の日」を、(故)古賀辰四郎氏が日本政府の許可のもと、経済活動を展開するなど歴史的な事実を背景に、日本固有の領土として、国内外にメッセージを発する日であるとともに、尖閣諸島に残る貴重な自然を発信する日としてこれからも多くの方々へ伝えていきたいと考えている


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【季刊誌3号 特別寄稿】徳増栄治様(二〇〇八年度日本青年会議所 領土領海関係委員会委員長、元社団法人横浜青年会議所理事長、元日本領土領海戦略会議理事長)
 
皆様の方が、日本の抱える領土・領海問題の各論を細かく的確に論じる事が可能であろう。そこで、私なりになぜ領土・領海問題を学び、国策として取り組まなければならないのかをこの場をお借りして考察させて頂きました。
文部科学省所管の「統計数理研究所」が本年10月30日に発表した国民性調査で、日本人の83%が「生まれ変わるなら日本に」と考えている事がわかった。5年前の調査よりも6ポイント増え、特に20代男性が21ポイントも急増したようです。
自身もこの質問を受けたら勿論そのように回答するであろう。と同時に多くの人が何故そう思えるのか深く知りたくなった。「礼儀正しい」「親切」など日本人の心の豊かさに関する理由が恐らく上位に来るのであろう。
さて、そんなアンケートの結果が出る一方、
我々は本当に日本で暮らしている事を誇りに思えているのでしょうか?
この国で仕事に従事し、生活を営んでいる事を誇りに思っているのでしょうか?
そして大好きな国、我が日本に誇りを持っているのでしょうか?
日本は明治維新以降、殖産興業政策などにより急速に発展してきました。欧米諸国の産業革命の成果を導入し、急速に変化する社会の中で国の政策に応え、世界中の強豪国とあらゆる分野で競ってきました。しかし、その後「富国強兵」を掲げ、太平洋戦争での敗戦をむかえる事になります。
戦後生まれの多くの日本人は「戦争を起こした日本は悪い」という教育を受けてきました。アジア諸国を不幸にした加害者として戦争の責任を負うというものです。もちろん、真摯に受け止め反省する事は必要です。ただ、過剰とも思えるくらいに教育を通してそれらを指導されてしまった結果、我が国ではこれまで自分の国や自らの民族を前向きに評価し、この国を誇りに思い「日本を愛している」と声高に主張することさえ抑制されてきました。自国について語るときは何らかの恥じらいとためらいを覚えながら論じるようになってしまっています。自国への誇りや愛着心を表明する事は決して特異で頑迷な考え方ではなく、国民一人ひとりは国家と向き合いこの国の歴史を知り、健全で成熟した愛国心を確立していかなければならないのです。
近代国家、先進国家と認められるまで、懸命にこの国を思い、この国の為に身を尽くしてくださった人たちへの敬意を払い、今、日本で暮らし、生活を営む者としての自信や誇りを忘れてはなりません。自信とは、自分自身と向き合うこと、そして周囲は評価し、自己を認識した時に豊かになっていくものです。この国の良さ、素晴らしさを伝え残していかなければならない我々は責任世代です。改めて国への誇りをもつ事の必要性、そして重要性を強く感じております。
平和で安心、安全そして安寧な生活を送る事が出来る今だからこそ、これを当たり前と思わず、深く考えていかなければならない問題があります。
それこそが「領土・領海問題」であろうと考えます。
なぜならば「領土・領海」という概念がきちんと確立されていなければ「国家安全保障」の枠組みも「社会保障」も「経済」も存在し得ない訳で、地方論を論ずるにも国家論に及ぶにも根幹となりその礎となるのが、「領土・領海問題」なのです。
北方領土、竹島に関しては言うまでもなく、尖閣諸島も危険にさらされ、最近では小笠原諸島沖での赤サンゴの密漁つまり資源の乱獲が表面化しています。第二列島線などと独自の一方的な主張を裏付ける為の行為とも考えられます。
08年の北京五輪、10年の上海万博が終わるや否や国境、領土・領海に関し、南沙諸島への再度の海域進出に代表されるように歴史の既成事実の積み重ねで主義主張を唱え、攻勢を強める国が近隣に存在しています。
日本国も毅然とした態度での対応は勿論、「守る」「守備防衛」という考え方がさらに論じられ、さらに法整備がなされる必要性を感じます。
今の暮らしが永遠に保障されているわけでは有りません。
この国の未来や平和を守るのは国民一人ひとりです。
「この国に生まれて本当に良かった」
その気持ちをひとりでも多くの国民が理解し、後世にも伝え残していかなければなりません。これこそが「領土・領海問題」の本質であると考えます。


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林子平翁をおもう

一般社団法人大日本文庫 理事長 河原博史 

安永七年(耶蘇紀元でいう一七七八年)、当時出島政策の舞台であつた長崎では、オランダ商館長・アーレンヘイトが左記の如く一人の日本人男性に語っている。曰く、「北よりして南を侵すは易く、南よりして北を略するは難し。北より南に入ること五~七日なれば風土稍暖かに、産物亦多し。更に十日乃至廿日なれば、愈々暖かに愈々多し。故に人心随って旺し、利随って大なり。これ北の南を侵し易き所以なり。而して南よりするは、全く之に反す。和蘭の布哇を取り、韃靼の支那を取り、魯西亜の韃靼を取る。皆、この理に由るのみ」と。 つまり他国を侵略せんとせば、南進するに如くはなし、といふことだ。

一般的に北進は侵入するにつれ、侵攻者側にとつて不利な条件が加えられてゆく。これに就ては 明治天皇の御宇、官軍が奥羽越列藩同盟を討伐するため北上した際、頗る憂慮したことをみても明らかであらう。然るに赤道に向かって南進することは、地球の自転軌道が変わらない限り常に得策となるのである。 而して日本は四方を海に囲まれた海国だ。地に国境線なき国は如何に海防を全うするかが国防の要諦となる。かくして北辺の防備を主張したのは、アーレンヘイトと対話した林子平翁である。
翁は『海國兵談』『富國策』などを上梓し、世に海防の重要を説いている。翁、『海國兵談自序』(天明六年)に曰く「海国は外寇の来リ易キわけあり。~中略~其来リ易シといふは軍艦に乗じて順風を得レば 日本道二三百里の遠海も一二日に走リ来ル也」と。 
鎖国した日本は全くの箱庭国家であつたこの時代、既に翁は外敵襲来を懸念し警鐘を乱打してゐる。而も翁は啻に武備薄弱なることを以て憂慮するに飽き足らず、幕府と国民の自覚および国防の心得希薄なるをも言及しこれに痛憤しているのである。

曰く「昇平久キ時は人心弛ム。人心弛ム時は乱を忘ルヽ事。和漢古今の通病也。是を忘レざるを武備トいふ」(天明七年『海國兵談』巻之一「水戰」)と。また曰く「一年にして富を欲する者は、無用の費を闕ぎ、君臣の欲する所を省略するに在り。五年にして富を欲する者は、市商の道を便利ならしめ、買道は、市廛に任するに在り。十年にして富を欲する者は、衣食住を定むるに在り。二十年にして富を欲する者は、農を進め、牛馬を生養し、樹を植ゑ、農民金銀を用ゐずして銭を用ゐ、五穀を以て諸品と交易すべし。五十年にして富を欲する者は、山海川沢田野の品物を宜しきに通路し、天地の産物を弁利するに在り。百年にして富を欲する者は、文武に在り。教化行れば、天下の富を保つ」(天明五年『富國策』)と。 噫、二百年以上も前に発せられたる子平翁の警鐘も今はむなしく、北辺は露西亜に侵害され、はや七十年に垂んとしてゐる。更に悲嘆すべきは、吾人は過去の油断と不覚を誡めとせずして今日なお憲法論議の解釈区々たるべきものあり、未だ四海の辺地は無防備に近し。併せて国民の国防意識も脆弱で、精々排他的主張に陶酔しこれを諒とするに止まる。

 司馬遷著『史記』に「泰山不譲土壌、故能成其大(※泰山は土壌を譲らず。故によくその大を成す)」といふことばがある。秦国の李斯という宰相が、始皇帝に向けて上書した時の一文だ。〝泰山が大を成すのは、どんな土くれをも包容したから〟という意味であるが、こゝではその字義の通りに読む。乃ち日本がその偉大を保持し得るためには、一片の土くれすらをも譲ってはならぬのである。況や非人道的に侵寇されたに於てをや。 思えば先の大戦は自存自衛ともう一つの大義があった。それ〝亜細亜の解放〟である。日本は〝人道の心臓が鼓動する国〟だ。非人道的に亜細亜を支配する西欧諸国は、吾人にとって到底許すべからざる国々であったのだ。人道を重んじる者が非人道的行為乃至勢力に対して命懸けで戦うのは当然だ。然れ共その四年後に、自国が非人道的侵略を被りながら、今尚それを放置しているようでは、日本の人道の在りかが疑われるばかりか、先の大戦の大義も空々しくなるばかりだ。 

日本は一片だの土壌も譲らず、且つ人道に違背せし勢力への妥協も譲歩もしない。内にして国防完遂・国威宣布の為、外にして一切の非人道的行為や不当な脅迫乃至ゴネ得に屈しないという、その模範を世界に率先して示し、新秩序を建設する為、北方領土の奪還は実に多大な意義が含まれている。 最後に苦言するが北方領土は失地ではない。吾人はかの地を「喪失した」と自ら認めてはならない。「失った」のではなく今なお吾が領土なのだ。失地なる語はやはりどう考えても相応しくない。道元禅師の曰く「愛語よく回天の力あり」と。「侵されている地」「奪われたままの地」であるという認識が必要だ。

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【特別寄稿】季刊誌3号 

「何故、尖閣諸島 魚釣島に上陸したのか」     荒川区議会議員 小坂 英二様

 現在、支那の海上民兵が乗り込んだ「サンゴ密漁船」が小笠原諸島・伊豆諸島を侵略している。政府の対応は極めて及び腰で覚悟の無さが露わになっている。今までの尖閣諸島に関しての日本政府の支那に対する腰砕けの姿勢が、小笠原侵略を生み出しているのは明らかである。侵略の激化が予想されたからこそ、地方議員の国護りとして尖閣諸島魚釣島に上陸をしたのだが、小笠原の惨状を見るにつけ、再度、その時の想いお伝えしたい。
 平成二四年八月一八日、私が尖閣諸島へ上陸したのは、世界に向けて「ここは先人が血と汗と涙を積み重ねてきて守り継いできた日本の領土であり、戦ってでも守り引き継いで行く覚悟である」という日本人としての明確な意思を示すためである。
 そもそも、Chinaが尖閣諸島を自分のものだと主張を始めたのは、ほんの四〇年程前の話である。尖閣諸島付近の海底に資源があると判明してから、急にChinaは領有権を主張し始めた。Chinaにとって歴史とは、自らの利益をぶんどるための手段に過ぎず、嘘の情報を国内外に発信し始めた。そうしてChinaという名の強盗が、押し入るそぶりを繰り返し見せているのに、日本政府は何もしない。一方、漂流ゴミやヤギの増殖による環境破壊も放置、漁業活動を望む八重山諸島の漁師の要望には徹底無視を決め込んできた。
 Chinaからの不法侵入漁船はほぼすべてが野放しで乱獲は加速。「現状維持」ではなく、「どんどん悪化させている」のが実態である。日本国が主権を守る気概を持っていれば、「自衛隊の常駐」「港湾施設・通信施設や宿泊施設整備」「海上警備の権限強化」「自然環境調査・漂着ゴミ処理と節度ある観光受入れ」が実現しているは筈であるがその動きも皆無であった。
 それどころか、日本の主権を堂々と侵害して領海を犯した漁船を名乗る工作船が海上保安庁の船舶に激突してきた際に、撃沈しないどころか、ご丁寧にチャーター機で送り返し、Chinaでは英雄扱いという有様である。
 そして大東亜戦争の停戦日である八月一五日に香港の活動家を名乗る制服を脱いだ軍人を含む工作員の乗る船を撃沈もしない。海の上で捕まえることもしない。不法上陸という、より悪化した形での犯罪を導く対応をし、複数の犯罪に該当するにもかかわらず、丁重な扱いで不法入国として国外退去者として送り返しただけであった。
 正に政府の犯罪的な不作為によって尖閣諸島の主権は瀕死の状態に追い詰められつつある。政府が尖閣諸島の主権を守る意思がないのであれば、危機感を持った地方議員が行動すべきであるとの自らの信念に従い、泳いで魚釣島に上陸した。上陸すると、日本の先人が生活を続けていた住居の跡が見受けられたが、崩壊が進んでいること、慰霊碑の劣化も進み壊れそうな状態、かつての港は岩石で埋まっている。その中でも日本青年社の方々が困難な環境の中で設置された灯台が今も堂々と稼働していることに心から感動し、その行動と想いに感謝した。
 また、美しい自然がある反面、環境破壊の実態も見た。
 幕末から明治にかけて危機に瀕した日本で天皇陛下を縦糸の中心にいただく日本国の国体を守る力の中心となったのは、地方の下級武士である。平成の現代の下級武士は地方議員。国が危機に瀕している時はその現場に駆けつけて行動する責務があると考えている。
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 逆説的なようだが、「真に大切なものは戦ってでも守る」決意が外国からの侵略や紛争、破壊を防ぐことに繋がる。相手に媚を売り、問題を先送りすることこそが、後戻りできないじわじわとした侵略を既成事実化してしまうのだ。そんな当たり前のことから目を反らしてしまう社会、政府になってしまったのは、やはり、大東亜戦争後、GHQによる七年間の占領期間の間に、「白人支配の世界秩序から世界を解放する偉業を黄色人種として成し遂げた」輝かしい歴史的事実を伝え引き継ぐことを禁止され、嘘の歴史を植えつけられたことが一番大きな理由である。
 我々の先祖が戦ったのは「東京大虐殺、広島大虐殺、長崎大虐殺を平然と行った白人至上主義の勢力」であり、黄色人種にとっての偉業である。「先人が成し遂げた偉業」が「日本人は悪いことばかりしたし、これからもする筈」という嘘にすり替えられて国民が洗脳され、日本社会の各分野でそうした思想でなければ要職に就くことができない社会になったのだ。そのような歪(いびつ)な社会が再生産され続けて今に至っている。


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入国拒否事件
 2011年8月1日、自民党の「領土に関する特命委員会」(委員長石破茂)所属の新藤義孝、稲田朋美、佐藤正久の三議員が韓国の金浦空港で入国拒否され、9時間後に強制的に送還されるという事件が起きた。私の場合はその前日、最終便で仁川空港に到着したが、4時間後の1日未明、アシアナ便で羽田空港に送り返されている。
仁川空港の入管関係者によると、私は「出入国管理法」(第11条)違反で入国を拒否されたのだという。その第11号1項の3号には「大韓民国の利益や公共の安全を害する行動をする懸念があると認めるにたる相当な人」とあり、4号では「経済秩序または社会秩序を害し、善良な風俗を害する行動をする懸念があると認めるにたる相当な理由がある人」と定められている。
だが新藤議員等が韓国を訪問したのは、「大韓民国の利益や公共の安全を害する」ためでも、「善良な風俗を害する行動」をするためでもなかった。
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一行の目的は、欝陵島にある「独島博物館」を視察し、韓国側の竹島研究の現状を把握することにあった。それも当時は民主党政権下で、前年には尖閣諸島を国有化したことで中国政府との確執が深刻化し、その間隙を縫って、メテメドベージェフ大統領が2010年11月、ロシアの最高指導者としては初めて北方領土の国後島を訪れていた。翌年5月には、韓国の独島守護対策特別委員会の姜昌一委員長等が、北方領土の国後島を電撃訪問すると、8月には竹島で独島守護対策特別委員会の開催を予定するなど、日本に対する挑発が続いた。さらに4月28日、「菅談話」に盛り込まれた「朝鮮王室儀軌」の引渡しが衆議院本会議で可決され、日本外交は敗北の連続であった。特に竹島問題では2011年2月27日、菅直人首相の側近である日韓キリスト教議員連盟会長の土肥隆一議員が、韓国で竹島を韓国領とする文書に署名するなど、日本外交は世紀末的な状況にあった。
自民党の「領土に関する特命委員会」による欝陵島訪問は、この劣勢を挽回するためにも不可欠なものであった。だがこの時、韓国側マスコミによると、韓日議員連盟から日韓議員連盟(会長渡部恒三)に対し、韓国訪問を自粛するよう要請がなされていた。事実、「領土に関する特命委員会」に対しては、自民党内部からも圧力がかかったようである。そのため、韓国行きを予定していた一人の議員は、日程の都合がつかないことを理由に欝陵島視察を取り止めている。
だが新藤義孝、稲田朋美、佐藤正久の三議員は、それを拒んで韓国行きを決行したのである。韓国訪問を中断すれば、韓国側には誤ったシグナルを送ってしまうからである。これまでも韓国側は、日本には圧力を加えれば、日本国内で調整するとの思い込みがあった。事実、教科書問題の「近隣諸国条項」や慰安婦問題の「河野談話」、「村山談話」と「菅談話」はその悪しき前例である。その弊害に陥らないためにも、韓国訪問は中断することができなかった。
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そのため三議員の意志は堅く、韓国側の神通力も効かなかったのである。慌てたのは韓国側であった。その先鋒となったのが、李明博大統領(当時)に近い李在五議員で、市民団体と称する一団を動員して暴力的な示威行動を行い、恫喝によって阻止しようとしたのである。この時点で、韓国側の外交的敗北は決定的になった。
新藤議員等が独島博物館を視察すれば、そこには竹島を韓国領とする文献的根拠がない事実が明らかとなり、新藤議員等の訪韓を「出入国管理法」違反で送還すれば、それだけで国際社会が竹島問題に関心を持つからである。事実、新藤議員等が金浦空港に到着すると、韓国の市民団体は空港内に棺桶を持ち込むなど、最大限の嫌がらせをし、海外のメディアも奇異の目で報じていた。新藤議員等の動きを封印できなかった韓国側では、想定外の事態に、極端な行動で応じたのである。
この8月、産経新聞の加藤達也氏が、朴槿恵大統領の名誉を毀損したとして訴えられ、出国禁止措置の状態にあるのもそれに近い。加藤氏を訴えたのが、朴槿恵大統領自身ではなく、何ら関係のない「独島愛の会」だからである。では何故、加藤氏は竹島関連の市民団体から訴えられたのか。それは2011年8月、新藤議員等一行の中で、実際に欝陵島訪問に成功したのが加藤記者一人だったからである。加藤氏は8月4日付の産経新聞で、「鬱陵島を歩く、愛国・反日、異様な熱狂 韓国旗「はちまき」の軍服集団」と報道していたのである。「独島愛の会」としては意趣返しのつもりだろうが、それは韓国を「言論の自由」のない国家としただけである。
2005年、島根県が「竹島の日」条例を制定しようとした際、自民党政権はそれを阻止しようとした。新藤議員等の欝陵島訪問の際も、自民党内部から圧力がかかった。だがいずれもそれを撥ね退けたことで、韓国側が狼狽し、韓国側のオウンゴールを誘うことになった。日本外交を自立させるヒントは、この中にあるようである。

 拓殖大学教授 下條正男


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